いろいろなメル友との楽しみ
 今の若者は「いま」にしか興味を示さない。ある大学教授は、「未来を過去にする一瞬の過程がいまだ。そんなものを大事にしていたら、おいしいとか気持ちいいとかスリルとか、君たちはそんなことしかないじゃないか」と説くが、学生は耳を貸さない。

 ところが、キャンパスの片隅に自分で作れる畑を確保して、その畑仕事に学生を誘うと、「いま」派の彼らが変容する。

蒔いた種がいつ芽を出すか。毎日水をやらなければならないが、誰が分担するか。どの時期に食べるのが美味しいか。
 答えのある問題しか習ってこなかった学生には、畑仕事は分からないことばかり。そうやっていると、若い人たちの目がいっぺんに開くとか。
 フライシュマン著『種をまく人』に、アメリカの貧しい都市の一角のゴミや古タイヤが捨てられた空き地にベトナム人の少女が豆の種をまくと、やがて年齢も人種もさまざまな人たちが、一人また一人と勝手にいろいろな種をまき、やがてゴミが消えて瑞々しい菜園が出現し、みんなが仲間になっていく話もある。話だけでなく真実だと思う。
 私たちは、もっともっと自然を相手にした生活をする必要があるように思われる。
ミクロの善、必ずしもマクロの善ならず
 WHO(世界保健機関)がアフリカのある村を選らんで大勢の医療者を送り込み、徹底的にマラリア撲滅運動を展開した結果、その村にはマラリア患者がなくなった。
ところが10数年経って調査員が訪れたところ、この村は消滅していた。マラリアで死ぬ人がなくなった結果、村の人口が急増し、村の耕地ではその人口を養えなくなり、村が全滅してしまったのである。
 アメリカのヨセミテ公園で鹿を増やそうとして、鹿の敵であるピューマやコヨーテ、オオカミを殺してしまった。天敵がいなくなった鹿が急増した。やがて増殖した鹿は、土地の草木を食べ尽くしてしまい、食糧不足となってバタバタと死んでいった。
 マラリアや天敵は悪である。それを撲滅することは確かに素晴らしい。しかし、その悪を撲滅させた結果、善としたもの全体が滅んでしまうことがある例だ。

 ミクロの世界で持っている価値観が、そのままマクロの世界には通用しない。
いま私たちの地球も、そんなミクロの価値観で行動した結果のしっぺ返しを受けている。宇宙の森羅万象にはすべて、人間には窺い知れない存在価値があり、密接に結びついている。
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